材輸入量は4,328萬立方メートルに達し、外材の全需要量に占める比率は55%の多きにのぼり、輸入額は石油について第2位にランクされるに至った。

  製材工場の近代化と大量生産
 特に本市に於ては、昭和42年南港貯木場の完成を見るや、米材輸入量は益々激増其の輸入量は東京についで全国第2位の現状となる。外材輸入の増加について工場の設備の改善と近代化が実施され、生産量は著るしく増加すると共に製材業者の多くは外材に転換、本市に於ては業者の9割が外材に転換するに至った。
一方外材輸入が激増するにつれて、国産材が圧迫され、山林家の伐採意欲が年々低下し国産材の生産が減少したために内陸製材地帯に於ても外材への依存度が高まりつゝあり、古るくより木の国と歌はれる本県に於ては業者の凡そ7割は外材に依存し、全需要量に占める比率は外材72%国産材28%と国産材は大巾に減少す。

金融引締めと不況
 こうした情況の中に於て、昭和44年再び金融引締措置が実施され、一般経済界の不振とともに業界も又低迷状態となる。

  住宅産業と需給の変化
 一方木材需要は大企業の住宅産業の進出とともに新健材や木材代替品によるプレハブ住宅が増加し、住宅構造も大きく変化、木材需要は頭打ちの傾向となり、且つ外材製品の輸入の増加はこれに拍車をかけ製材業の経営は最近とみに困難な事態にある。
斯様な現状にかんがみ、国に於ては業界の構造改善計画を大きく打ち出しているのが最近の実情である。